My opinion。
如何にして『出過ぎた杭』になるか。
さて、先ほどの『如何にして無音にするか』で話したように、自分自身の努力が不可欠だ。
熱中出来る物に出会い、努力を始めたら、次は『結果を出すこと』が最大の目的だ。
何故?と思うかもしれないが、そのまま聞いてほしい。
人は、結果にとても弱い。
『○○コンクールで一位』、『○○大会で一位』など。
結果が出た途端、手のひらを返したように無関心だった人間が近寄ってくる。
ただ、熱中するだけでは状況は変わらない。
結果を出して、如何に自分が努力したかを、言葉ではなくて『目に見えるもの』として示す。
これこそが、一番大切なことなのだ。
『何で私がこんな目に?』それは、自分は相手より劣っていると思われているからだ。
優等生だと思われる人もそう。それは『たいしたことはない』と舐められているからだ。
『出る杭は打たれる』という古い諺がよく表しているように。
少しぐらい飛び出た杭は周囲にボコボコに叩かれる。
しかし、『出過ぎた杭は打っても仕方がない』のだ。
あまりにも飛びぬけてしまった杭は、どんなに乱暴に叩かれてもびくともしない。
加害者の手の届かないほど高いところで結果を出したら、奴等は何も言えやしない。
余程の自惚れ屋や馬鹿でない限りは、途端に黙るだろう。
何にせよ、口だけで身体を動かさない者に救いはない。
先ずは、だまされたと思って何かに熱中してみてほしい。
そして、結果を出せたら、ふと周りを見てみるといい。
自然に、周囲の目線が変わっているはずだ。